競走馬達へのエレジー キーストン(昭和40年第32回ダービー優勝馬)とそれに纏わる話について ”その名はアメリカのペンシルバニア鉄道特急Keystoneから取ったと言われている。他馬の存在などまったく知らないかのように超然と走るこの馬の姿は、その名前にふさわしかった。 そして忘れられないシーンが昭和42年、阪神競馬場での阪神大賞典のことだった。鞍上は山本騎手、1番人気で誰もが、この小柄な快速馬が先頭でゴールを駆け抜けると思っていた。スタート・テンからとばし、向こう正面では8馬身差の先頭、3コーナー、4コーナーを回っても先頭、あたりまえの展開を観客みんなが確信しているとき、山本騎手が突然落馬した。キーストンは前足の一本を骨折、気絶して動かないジョッキーに、キーストンは折れた前足を空中にブラブラさせながら近寄って来て鼻をスリ寄せた。気がついた山本騎手は手を挙げてキーストンの首をさすった。他馬はとっくにゴールを駆け抜けていたが、満場の観客がこの光景を観ていた。 そして涙を流した。キーストンは予後不良により殺処分された。” -”競馬事典” より そして寺山修司も”負け犬の栄光”で逃げ馬キーストンと韓国人の友人について書いている。”キーストンはデビュー戦から逃げ切り勝ち、それから長い逃亡の半生が始まるのだ。しかしその逃げ切りの連勝に終止符を打つ日がやってきた。敗れ続け、ダービーでは評価は下落してしまっていた。そして祖国韓国にいた頃貧しくてかっぱらいを働き、少年院にぶち込まれそれ以来逃げることだけを青春として生きてきた韓国人の友人のバーテンダーについて、そして”オレは弱いので逃げてばかりいた”と言いその友人は”強かった仲間は今でも政府のファシズムと戦っている”。 と・・・そして寺山はそのバーテンダーに競馬を教え、そんな頃あらわれたのが小さな鹿毛の逃げ馬キーストンであった・・・ ダービーの日は朝からどしゃぶりの雨だった。激しくドアを叩く音に目を覚ますと、レインコートを着た彼が立っていて、警察に追われているのだと言う。何をしたのかと聞いても答えず、これから海峡を渡って祖国に密航するのだと言う。”それで今日のダービーでオレの残していく金全部でキーストンの単勝を買ってくれ”と言った。私は無茶だと思ったが意見を差し挟ませない切実な何かがあった。そして雨の中へ消えて行った。ダービーはダイコーター中心と思われていたがキーストンが捨て身の逃げを成功させて勝った。私はキーストンの逃げ切りと、彼の政治逃亡とを二重写しにして考えていた。その後キーストンは再び連勝しはじめた。私はキーストンが逃げ切るたびに、うまく警察の手を逃れている彼のことを思った。キーストンの出走するレースはさながら彼の便りなのであった。だから昭和42年12月17日、阪神競馬場の3000メートルのレースで4コーナーを曲がったところでキーストンがもんどり打って倒れたとき、私の頭の中には一瞬にして彼のことがひらめいた。それははるか朝鮮海峡のかなたの空に響いた一発の拳銃の音のこだまであった。キーストンはそのまま倒れ私の親友の彼はプッツリと消息をたったのであった。” そして短歌 マッチ擦るつかの間海に霧深し身捨つるほどの祖国はありや を創っている。 -”負け犬の栄光” 寺山修司 著より 上記文章は ”競馬事典”、”負け犬の栄光”の中よりキーストンに関する文章を抜粋したものである そして作品”グラスからワインが零れる時・競走馬達へのエレジー” をそんな競走馬達に捧ぐ・・・ ########################################################################### *************************** 俳句 ******************************* 荒れ果てて夏草からむ鉄路かな ひまわりの花も枯れゆき夏は過ぎ ひらひらと舞い落ちるかな梅の花 梅ノ木に鶯じゃなく雀鳴き 特製のハイボール飲む加賀屋さん 一平の客の肩触れる狭さかな 西瓜食べ蝉の声聞く夕暮れ時 宇和海の島影映し波静か 風に揺れ緑の葉には陽の光 朝七時すでに響きたる蝉の声 蝉の声うぐいすの声にかき消され 蝉の声聞かなくなって風涼し 一筋の汗流れては蝉の声 木枯らしの寒い日なりき落葉かな 酒酌みて昔を思ひ涙する うぐいすの鳴く声すれど姿なし 窓際に寄り添い聞くは雨の音 酒盃に花舞散る春の宴 風吹けば風鈴の音さわやかなり 桑の木の赤く熟した実落ちたり 瀬戸内を橋の上より眺めたり 新年や夢を書き込むノートかな たのしゅうて開けるワインの音弾む 呑みかけの燗酒残して眠り込む 塩焼きのサンマをつまみに酒旨し ビール呑み暑い日の午後過ぎてゆき もくもくと煙立つよな入道雲 うなぎ食い草を刈り取る暑さかな とびうおを目で追いかける船の上 風吹きて揺れる青葉に虫つかまり テーブルに呑みかけの酒静かなり 匂い立つ金木犀の花落ちけり 酒酌みて秋の一日過ぎゆけり 桑の実の甘い香りに虫誘われ 古池の水面に降る雪解けて消え 待合所人であふれる坊ちゃんの間 穀倉に真っ直ぐ続く蟻の道 蟻の道腐った梨に向かいけり 蟻追へばその先見へる落ちた梨 湯けむりのその先見へる青葉かな 七里川のんびり浸かるいで湯かな 七里川囲炉裏もある湯静かなり 七里川山奥深く静かなり *************************** 短歌 ******************************* ”競走馬達へのエレジー”とは直接関係ないが私は俳句・川柳・短歌等にも関心があり”寺山修司歌集”などにも 親しんでいるが、 自作の短歌も数首創っている(絵に関わる歌等)・・・57577の中にリズムと美を感じる。 Tanka is a five-line poem with 31 syllables in the pattern of 5-7-5-7-7. This traditional form of poetriy originated in the 7th century. 臨終の美しき顔胸にしむ美しき心こよなく悲し 天井の今にも落ちそう水滴の見上げて肩にひんやりかんじ 駐車場ぴゅうぴゅうと北風に顔をかざして寂しいこころ 人混みのなかに自分を投げ出して大きなうねりまともに受ける 裏庭の日陰の場所にひっそりと誰にも知れず咲く白い花 なにくわぬ顔で喋る内容は心にもない戯言ばかり 雪の朝足跡だけが永遠と続くその先動くものあり 早朝小鳥の声に目を覚まし窓を開ければ三月の雪 ぽかぽかと日射しの中に身をおいてうとうとするも春の日の午後 車窓に映る風景流れゆく想いもおなじ速度で流る スナックの椅子に深々腰おろしウイスキーと歌いっそセレナーデ 桑の木にたわわになった赤い実の甘い香りが虫たちを呼ぶ 冬の夜闇を引き裂く悲鳴さえ凍えて震え北風に消え キャンバスに描く想いは若き日の男と女意識の流れ 夏の午後日射しの強い軽井沢サイクリングの風髪に受け 夏の宵変容幻想深海のベットの魚そっと目を閉じ テーブルの上に残したフランスのワインボトルのある風景 ローソクの明かりの下に照らされた欲望と名誉室内幻想 肉眼的視覚の領土越えたとこ現れる色ブラックとブルー 人間を分節するははかなくも赤い関係交わりの糸 中山の暮れの競馬場サラブレッド吐く息白く忘れ得ぬエレジー 飛沫あげ岩をも砕く荒波の震える印象房総の海 丘のフール心の眼で海を観る水平線の先の夢色 深い海暗き底で漂って眠りにつくエイ幻想の海 夜の闇におびえて震える青い影孤独な心ピンクペリカン 直線曲線には落ちる色無のキャンバスにコンポジション 秋の日のサックスの音胸に沁む張りつめた弦女とプレーヤー 流れ星夢に幻惑とどまらずすべて幻想ファンタスマゴリア グラスからワインが零れる瞬間握り拳を突き上げて グラスからワインが零れる瞬間頬杖を突く男と女 音もなく飛翔するサクランボ風の流れに逆らうばかり 秋は来た夜露に濡れた葉の上に恋人達の予感の上に 房総の浜辺に一人たたずんで空を見上げる秋の夕暮れ 秋の日の房総の海空からの黄金の雨水面に降り 悲しみもジャズロックの音の波夜空の月と涙と音楽 ヒューズのブルース寂し夏の宵一人で歩く果てしなき道 チューブから絵の具飛び出しキャンバスに描く模様は自由な螺旋 秋の日にさえずる小鳥空高く我寝ころんで見上げる先に 花摘みて少女の髪に結ばれし花の香りの甘く切なさ 笑み浮かべ駆ける少女のはつらつさ我を忘れて眺めていたり はかなくも敗れ去ったり闘いの虐げられし少年の夢 メダカ飼う棚の水槽陽が射して日陰作るもかまわず泳ぐ 楽しいとまた悲しいといふにつけビールウイスキ酒飲みにけり 居酒屋でグラスかたむけ飲む酒に昔の想い笑い飛ばして 牧水の詩に読まれし情景思い出しては酒飲みながら グラスから酒が零れる瞬間飛翔と夢に幻想を観る 地下水の流れの中に漂うはサンショウウオの儚き叫び 荒波に木葉のごとく漂うは私自身の波間の小舟 六月の雲が流れる夕暮れの悲しき音は窓を打つ雨 しっとりと雨後の夕暮れ汗ばんで蝉の声聞き涼をとる 汽車を待つ待合い場所人絶えず午後の喧噪坊ちゃんの間 忘れ得ぬ思いを抱きて一人ゆく道は固くてそのうえ長い 吹く風の肌に感じる涼しさに秋の足音間近に感じ 夜深く虫のため息身に沁みて声聞く時ぞ秋の訪れ ブルースのサウンド悲し木枯らしの吹きすさぶ夜酒飲みながら 舞い落ちる枯れ葉寂しい秋の日の一日の終わり影長く伸び 美しき全てのものは流れゆく残した跡の輝き永久に 青春の淡き恋の物語思い出しては時は過ぎゆく 雨に濡れキンモクセイの花からはしっとりとしたにほひたちけり 露に濡れイエローの葉の裏側にかすかに動く小さな虫あり 満月の輝き映す夜の海風に波立ち波間に揺れる 北風の吹きすさぶ夜汽車の窓遠くに見える灯り恋しい 独り寝の旅の夜空の星の下明日のことは風に聴こうか 星の降る冬の夜空を見上げては寒さを忘れ立ち止まる道 矢那川の桜花乱落風に舞い水面に映す色鮮やかなり 房総を横断しては外房へ続く線路へ緑の草影 緑なす木々の間を直走る列車の窓に我が顔うつし 蝋燭の灯りに映える指の間黄金色の美しきかな ラ・トゥールの光と影の静けさに時の流れも忘れ立ち止まる 船橋の行きつけの店加賀屋さん喧騒の中ボール飲み干し 静岡の午後の伊勢丹人ごみの中にカンパニー姿消したり 九十九里町の浜辺波高く地引網引く手の痛さかな 地引網エイの異様な姿見て”ギャー”と叫ぶ小さな子あり 緑なす木々の中より聞こえ来る蝉の声聞く夕暮れ時 朝七時裏山より響きたる蝉の声聞く布団の中 メダカ飼う古びた陶器光射し水面に浮かぶ浮草の花 ひなげしの花一輪髪にさし薫ふがごとく少女の君 春風に髪なびかせてほほ笑むは去年15の少女の君 御宿の月の砂漠の浜辺にて記念行事と伊勢えび祭り 船橋の大衆酒場一平の暖簾くぐって空き席探す 散る花を酒盃にて受けとめて共に飲み干す春の宴かな 前回は春に訪れん玉子湯に再度訪れん雪の降るころ 玉子湯の白き湯浸かりのんびりと旅の重さを洗ひ流す |
アトリエ−M 競走馬達へのエレジー および 短歌 など |